開会挨拶と講師紹介
世田谷・ポートランド都市文化交流協会の活動趣旨について、この協会が、リベラルで住みやすく、歩いて楽しい街づくりの文化を交流し、日本のまちづくりに生かしていくことを目的に活動していることが紹介されました。また、日本の報道では十分に取り上げられていない現地の生の声を届けるため、シンポジウムを開催していることに加え、今回の講師である津山恵子さんの紹介が行われました。津山さんが元共同通信社記者で、2016年の大統領選挙では中西部・西部を約5,000km走破して取材したルポライターで、マーク・ザッカーバーグ氏への単独インタビューなど、豊富な取材実績を持つニューヨーク在住のジャーナリストであることが紹介されました。
講師の自己紹介と本日のアジェンダ
津山さんは、共同通信社で勤務した後、2003年に特派員としてニューヨークに渡り、2007年にフリーランスとして独立されました。これまで、マーク・ザッカーバーグ氏や坂本龍一氏には10時間を超える取材を行い、Instagram創業者のケビン・シストロム氏にもインタビューするなど、時間をかけて対象者や社会の実態を掘り下げる取材を続けられています。
本講演では、4つのテーマについてお話しします。第1に、トランプ2.0政権下の「恐怖時代」の実態、第2に、メディアと市民による抵抗、第3に、ニューヨーク新市長ゾラン・マムダニ氏の旋風、そして第4に、中間選挙への展望についてです。


(以降津山さん談)
1-1.激動の2026年とトランプ2.0政権の「恐怖時代」
私は、2026年に入ってから、毎月のように市民の生活不安を煽るような出来事が続いていると感じています。1月には、ベネズエラへの攻撃とマドゥロ前大統領夫妻の逮捕・ブルックリン拘置がありました。また、トランプ大統領によるグリーンランド購入発言もありました。3月にはイランに対する武力攻撃が行われ、それに伴って原油価格が急騰しました。物価高によって、市民の生活不安や社会不安も広がりました。7月にはアメリカ建国250周年を迎えますが、その一方で、トランプ大統領が介入する中でワールドカップが開催されることになり、自由主義国アメリカにおける「史上最悪のW杯」ともいえる状況についてもお話ししました。そして11月には中間選挙があります。この選挙は2028年の大統領選挙にも大きな影響を与える可能性があり、極めて重要な選挙になると考えています。
1-2.ICEによる身近な脅威と市民の恐怖
私は、現在のアメリカ社会で特に深刻な問題の一つが、移民税関捜査局(ICE)による取り締まりだと考えています。ICEは本来、不法移民を対象とする機関ですが、実際には正規の滞在許可を持つ人やグリーンカード保持者、さらにはアメリカ市民まで拘束・送還されるケースが起きています。2025年1月から2026年4月までに約45万8,000人が拘束され、約46万8,000人が強制送還されたとされています。収容施設内では過酷な環境によって自殺を含め32人が死亡し、170人の正規滞在市民が不当に拘束されたことも報告されています。私は、こうしたことが特別な場所で起きているのではなく、日常生活のすぐそばで起きていることを強調したいと思います。中学校の校門、コストコやホーム・デポなどの駐車場、裁判所、さらには自宅の庭で芝刈りをしている父親まで、突然連れ去られる可能性があるのです。私自身も、いつ何が起こるか分からないという不安を感じています。特に白人以外の人々、アジア人や日本人を含む人々にとっては、自分が突然拘束されるかもしれないという恐怖があります。そのため私は、外出するときにはパスポートを携帯し、さらに、黙秘権や令状を確認する権利など、憲法で保障された権利を示した赤い名刺サイズのカードを常に持ち歩いています。
2-1.ミネソタ州での殺害事件と「内戦」への不安
私は、ミネソタ州ミネアポリスで起きた事件についても紹介しました。平和な大学都市であるミネアポリスに、2,000~3,000人ものICE捜査官が投入され、市民による抗議活動と衝突しました。その中で、無抵抗だった37歳の女性レネ・グッド氏と、軍人専門病院の救急看護師だった37歳のアレックス・プレッティ氏が、連邦職員によって射殺される事件が起きました。私は、機関銃やフラッシュバンなどを装備した重武装のICE捜査官と、武器を持たない市民が対峙している光景を見て、まるで政府が自国の市民に戦争を仕掛けているように感じました。こうした状況を目の当たりにして、アメリカでは「内戦、つまりシビル・ウォーが始まるのではないか」という恐怖が、多くの市民の間に広がっています。
2-2.ハリウッド映画が描く「内戦」とディストピア
私は、現在のアメリカ社会を理解するうえで、ハリウッド映画も重要な手がかりになると考えています。講演では、アカデミー賞受賞作『ワン・バトル・アフター・アナザー』や、独裁的な大統領に反発して中西部などが離脱し、内戦に発展する映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を取り上げました。私は、こうしたディストピア映画が制作される背景には、多くのアメリカ人が実際に「内戦が起こるのではないか」と恐れている現実があると考えています。ハリウッドは、市民の不安や社会の変化を敏感に察知し、それを作品として表現しているのです。
また、『シビル・ウォー』には、アジア人であるという理由だけで民兵に射殺される場面があります。私はこの場面を通じて、白人以外の人々が「自分も突然命を奪われるかもしれない」と感じる恐怖が、映画の中だけの話ではなく、現在のアメリカ社会と地続きになっていると感じています。
2-3.メディアの抵抗――ホワイトハウス会見と「嘘」の検証
私は、トランプ政権とメディアとの緊張関係についてもお話ししました。ホワイトハウスの定例記者会見では、ICEによる死亡者数や市民の拘束など、政権にとって都合の悪いデータについて質問した記者に対し、大統領報道官が「パヨク(左翼の偏向記者)」などと批判し、記者を威嚇する場面があります。私は、こうした発言は単なる記者への批判ではなく、質問するジャーナリストを萎縮させるための圧力になっていると感じています。
しかし、その一方で、メディアが政権の説明をそのまま受け入れているわけではありません。アレックス・プレッティ氏の射殺事件では、国家安全保障長官クリスティ・ノーム氏が「自己防衛」や「国内テロリズムへの対処」だったと説明しました。それに対してニューヨーク・タイムズは、市民が撮影した24秒間の動画を詳細に分析し、コマ落としによる検証を行いました。私は、この映像分析によって、当局の説明が事実と異なることが24時間以内に明らかになった事例を紹介しました。データや映像を丁寧に検証するジャーナリズムには、権力の発表を検証し、事実を明らかにする大きな力があると考えています。
2-4.市民運動の盛り上がり――「NO KINGS」デモ
私は、こうした社会状況に対して市民が立ち上がっていることにも注目しています。
3月中旬には、独裁的な政治姿勢や超富裕層を優遇する政治に反対する「NO KINGS」デモが始まりました。ニューヨークでは10万人、全米では800万人規模に達したと主催者は発表しています。私は、デモに参加する市民の創意工夫にも驚かされました。既製品のプラカードではなく、それぞれが手作りした個性的なサインを掲げています。また、スマートフォンでICE捜査官を見つけると、体育用の笛を「ピリピリピリ」と鳴らして周囲に知らせるという方法も広がっています。「NO ICE」の文字や笛をモチーフにしたサインも登場するなど、市民同士が情報を共有し、自分たちの身を守る草の根のネットワークが生まれています。私は、こうした市民の行動から、アメリカ社会には恐怖だけではなく、自分たちの力で状況を変えようとするエネルギーも確実に存在していると感じています。
3.ニューヨーク新市長ゾラン・マムダニ氏の旋風
ニューヨーク市の新市長となったゾラン・マムダニ氏についても詳しく紹介したいと思います。マムダニ氏は34歳のZ世代であり、ニューヨーク市で初めてのムスリム市長、初の南アジア系市長、初のラッパー出身市長、そして初の民主社会主義者の市長となりました。選挙戦の開始時点では支持率がわずか1%だったマムダニ氏が、若者を中心に急速に支持を広げました。18~29歳の若者からは72%という圧倒的な支持を得て、何十億もの富裕層マネーに支えられた対立候補のアンドリュー・クオモ氏を破り、50.9%の得票率で勝利しました。私は、マムダニ氏の選挙運動がニューヨーク市民の閉塞感を打ち破ったことに大きな意味があると感じています。1万5,000人規模の大集会が開かれるなど、選挙運動は大きな熱狂を生みました。トランプ氏の再選後、街全体が沈み込んでいたニューヨークで、マムダニ氏の勝利の夜には、市民が「It’s a happy day!」と涙を流して喜びました。私は、この瞬間に、若者たちが「自分たちで社会を変えることができる」という希望を取り戻したのだと感じました。

4.公約の進捗と今後の課題
マムダニ氏が掲げた「アフォーダビリティ(生活費削減)」という公約について、市長就任から約7か月時点での進捗状況を紹介します。まず、アパートの家賃については、6月に翌年の引き上げ率を「0%」とすることが決まりました。私は、これはマムダニ氏にとって最大の成果の一つだと考えています。公営スーパーについては、3月に1号店の建設開始が発表されました。食品を一律30%引きで販売するほか、貧困層向けにペットフードや猫砂を無料で提供する店舗も実現しています。一方、チャイルドケアについては、2歳児向けの無料保育が一部地域で始まったものの、生後6週間から5歳までを対象とする「ユニバーサル・チャイルドケア」は、まだ実現していません。バスの無料化についても、バスや地下鉄を運営する交通公社(MTA)がニューヨーク州の管轄であるため、市長だけでは決定できません。州政府との調整が必要であり、現時点では具体的な計画は示されていません。
私は、マムダニ氏の登場が、単に一人の若い市長が誕生したという出来事にとどまらず、アメリカの都市政治そのものを変える可能性を持っていると考えています。マムダニ氏に続く若い政治家、いわば「マムダニ・ジュニア」たちも登場しています。また、若者の間で「米国民主社会主義者(DSA)」への支持も広がっています。
私は、こうした動きの根底には、「都市は誰のものなのか」という問いがあると考えています。富裕層や一部の権力者のための都市ではなく、そこに暮らすすべての人が安心して生活できる都市をどうつくるのか。ニューヨークで始まっている変化は、そのことを市民一人ひとりが問い直す運動へと広がっているのだと思います。

