気候変動と私たちの生活 イベント後記

機材のトラブルから15分遅れの13時45分から始まったシンポジウム。
PSACE会長の小林正美氏による開会のあいさつで幕を開けると、ついで指名を受けた顧問の涌井史郎氏が、Dawn Uchiyama氏(以下、ドーンさん)を紹介しました。

〈涌井氏の紹介から〉
・ドーンさんは、涌井氏と同様、ランドスケープ・アーキテクトである
・現ポートランド市長のウィーラー氏のもと、2020年に市の環境局次長に就任(世界中から注目される行政機関で、重責を担う)
・米国NYの〈外交問題評議会〉に論文を提出 世田谷区政研究のため、今般のフェローとしての半年間の派遣に至った
・「環境問題」を中心テーマとする派遣は、評議会初のケースである

「環境先進都市ポートランドが、『気候変動』にどのように取り組んでいるのか、勉強させていただきます」…涌井氏の言葉を受け、ドーンさんの基調講演が始まりました。

なお、小林会長が自ら逐次通訳を担当 この時間帯、会長は大忙しでした。

基調講演は、以下の四つのパートで構成されていました。

1.ポートランドにおけるグリーンインフラの歴史
2.ポートランドが今日抱える課題
3.人を中心に
4.師としての日本

筆者の印象に残ったポイントを以下に記録します。

1.ポートランドにおけるグリーンインフラの歴史

「私は、ポートランドで暮らし・働いて四半世紀以上になります。その間ずっと、ポートランドのグリーンインフラ(GI)運動の発展に尽くしてきました」

ドーンさんをはじめポートランドの人々は、活動初期の「未来は変えられる」という半ば楽観的な意識で多数の人々が関わっていた時代が過去のものとなったいま、「不確実な未来」に向けて、様々な課題に取り組んでいるといいます。

ポートランドにおけるGIは、およそ次のようかたちで進化してきました。
〈1970年代~90年代〉連邦レベルでの法整備が進んだ時代

〈1980年代~2000年代〉計画と政策が明確になる時代

*米国型GIの特徴である、流出雨水管理(Stormwater Management)に関する対策も、この時代、特に90年代にヒナ型ができた
〈1990年から今日〉プロジェクト化の時代

〈1990年代から今日〉プログラム化の時代

各時代はリエゾンしつつ、次第にGIをめぐるテーマは戦略から戦術に落とし込まれ、今日、統合的なソリューションが提供されるに至っています。
統合(Integration)は、大事ですね。筆者には、世田谷区の一番の学びどころ、という気がします。

かくて、現在、ポートランド市内には何千ものGI資産が遍在します。

2.ポートランドが今日抱える課題

ポートランドにも増えてきたホームレス、社会の分断と、それが先鋭的に噴出したブラック・リブズ・マター問題… これらへの言及の後に、ドーンさんが取り上げたのは、気候変動問題でした。

2020年の9月、オレゴン州は史上もっとも壊滅的な山林火災に見舞われました。40万ヘクタールが焼失するとともに、約4万人が避難したといいます。今年もすでに例年より早く山火事が起こり、7月早々、州知事は非常事態を宣言しています。

また、ポートランドは6月27日に過去最高の47度の高温を記録し、体調を害した50人以上が亡くなったとのことです。

これこそは、気候変動がもたらした災厄であり、私たちは、この目を背けたくなる現実を直視する必要があります。「まだ希望はある」のだからと、ドーンさんは強調します。

その希望の源は、人(people)です。

3.人を中心に

パート1で語ったGIの歴史 それに続く〈2020年代以降〉これから先の日々は、人の時代であると、ドーンさんは言いました。

とりわけ、感情知性(Emotional Intelligence)を高めること。ダン・ゴールマンのダイヤグラムを引き合いに、個人の内在的な能力(気づく力など)はもちろんのこと、社会や対人関係における資質(エンパシーなど)も等しく高めることが重要であると、ドーンさんは考えます。

4.師としての日本

いきなり画面に登場した白隠の達磨図に驚かされました。

長文の引用は、経営学者ピーター・ドラッカーの言葉でした。

日本の経営者の多くが師と仰いだドラッカーが、70年代初頭、ハーバード・ビジネス・レビュー誌に、日本人と日本文化を讃える記事を寄稿したときのものです。
さらに79年にも、ドラッカーは「日本人には驚くべき知覚能力がある。その能力の中には「自己習得」の能力の旅がある」と述べています。

件の白隠が、「この絵を描くのにどのくらいの時間がかかりましたか?」との問いに

「80年と10分です」と答えたエピソードを引き合いに、日本人の特質を讃えました。

最後に、ドーンさんはそのような日本人に囲まれて、自身の研究を深めることへの期待を込めつつ、世田谷が本来持っている強みや良さを発見し、成果に結びつけることへの抱負を述べて講演を終えました。

ドーンさんに続いて、保坂展人世田谷区長によるゲスト・スピーチが行われました。

世田谷区では、2020年10月、世田谷区非常事態宣言を表明しました。

その前年の10月、多摩川の二子玉川付近で、浸水被害が発生しています。多くは、多摩川そのものというより、支流の水位が増して、いわゆる内水氾濫を起こした結果だったのですが。

現在、多摩川で進んでいる堤防工事は国の事業ですが、区では当時、排水ポンプ車を2台準備し、事後処理にあたりました。グリーンインフラの重要性を再認識したと、区長は言います。

「ドーンさんにもぜひ見学していただきたい」と述べた〈うめとぴあ〉は、随所にグリーンインフラ設備を備えた最新の区立施設です。雨水排水を遅らせるジャカゴ樋の採用、レインガーデン、地熱発電装置による冷暖房等々。レインガーデンは、区内各所の公園にも続々と誕生しています。

他方、エネルギーにおいて、区では再生可能エネルギーの使用を進めています。

世田谷区役所では、すでに再生可能エネルギー100%(RE100)を実現しました。また、事業者から必要な電力を購入する以外にも、区では自前の電力施設を持つほか、自治体間連携により、長野県の高遠さくら発電所の小水力発電で発生させた電力で、区立保育園の電力需要をまかなうなどの取組みを進めています。

このほか、区として取り組んでいる事業には

・既存の住まいの省エネルギー化の推進
・環境にやさしい住まいづくりの奨励

などがあります。環境に資するだけでなく、断熱性の高い住宅は、冬場の室内温度を高め、健康面での好影響も期待されます。

〈パネル・ディスカッション〉

司会が小林氏から、PSACE副会長の倉田直道氏にバトンタッチし、後半が始まりました。

冒頭、倉田氏から改めてポートランド市の紹介がありました。

・ポートランド市は、1993年に「温室効果ガス削減計画」を策定した全米最初の都市である
・2001年には「地球温暖化地域行動計画」を策定
・2009年に「第一次気候変動行動計画」策定
・2015年に「第二次気候変動行動計画」策定


このように、先進的な取組みを続けるポートランド市から、ドーン氏を迎えてシンポジウムが開催されていることに、筆者は感銘を受けました。

トップ・バッターは、ゲストの平松宏城氏です。

主にLEEDとArcについて、多数の事例とともにご紹介いただきました。

以下に発言の骨子をまとめます。

〈LEED〉

・国際的なグリーンビルディング認証である
・かつては建物の認証が主であったが、本日の会場(東京都市大学夢キャンパス)が入居する二子玉川RISEおよび世田谷区立二子玉川公園が、エリア開発に対して与えられるLEED ND(Neighborhood Development)のゴールド認証を世界で初めて授与された2015年以降、わが国でも大いに注目されるようになった
・LEED NDはポートランドで制度設計された。高速道路を拒否してWalkable、Bikableな道路インフラを整備したり、食をはじめとするポートランドのライフスタイルなどが指標となって、設計されたのである
・その後、日本では南町田グランベリーパークが、LEED NDゴールド認証を取得
・LEED NDのテキストブックの序文には、ジェイン・ジェイコブズの言葉が出てくる。コンセプトの最重要項目は、ウォーカビリティと多様性である

〈SITES〉

・Sustainable Sites Initiativeは、グリーンインフラの定量的評価指針
・こちらも取得例が出て来ており、またLEEDとの同時取得の事例も散見される

〈Arcプラットフォーム〉

・LEEDやSITESが竣工段階の評価であるのに対し、あらゆる種類の空間のESGパフォーマンスを、運用段階で動的に評価する
・Arcは認証ではないが、QOLまで測るなどのメリットがある
・カスタマイズした指標を作ることも可能

〈ポートランドから〉

続いてポートランド在住のお二人にZOOMでライヴ参加していただきました。

幸本温子氏

・ポートランドでの市民による環境負荷をなくす取組みについて、自転車を例に紹介
・年間を通じ、様々な自転車のイベントが行われている
・自転車通勤者のバイクのチューンナップを、会社が無料で行ってくれる
・学生の気候変動に対する関心も高い。昨年のFridays for Futureでの学校ボイコットについて、公立学校の参加者に対する処罰は行われなかった

柳澤恭行氏

・コロナ禍の収束とともに、外に出ようという機運が高まっている
・歩行・自転車が盛んなポートランドにもかかわらず、最近、車の交通量が増えている
・気温46度を記録した「ヒートドーム」により、アスファルトが溶けるなど、インフラにも影響が出た
・NET ZEROという政策目標がある。建物内の電力の需要と供給をゼロに、というもので、急激にNET ZEROの建物は増えてはいるが、まだまだ少ない
・Energy Trust of Oregonという団体がある。NET ZEROやLEED認証に取り組む事業者に補助金を出す。原資は地元の電力やガスの供給会社である。エネルギー使用量が減れば、自分たちの負荷も減るから、というロジックでファンディングのシステムが構築されている。

〈倉田氏から〉

「たいへん興味深い話をありがとうございました。PSACEでは、今後、まちづくりスクール第2期の開講を予定しています。テーマは本日のシンポジウムと同じく、気候変動とまちづくりあるいは私たちの生活 というものを考えております。その中でも、お二人には現実の市民生活のお話をお聞かせいただけるものと期待しています。また、ドーンさんにもぜひご参加いただきたいと思っております」

最後に、保坂展人区長が感想を述べました。

世田谷区の現在の人口は92万人 100万都市目前です。
環境政策に限らず、「世田谷区にしかできないこと」ではなく、世田谷区が先験的にやって見せて、全国の自治体がそれに倣いスムーズに動き出す… そういう役割を果たしていきたいと思っています。

GIについていえば、米国からは、バイデン大統領も環境投資をする、グリーンリカバリーを進めるということを述べていますが、日本ではまだ「国土強靭化」、つまりはグレーインフラ中心の半世紀前の発想にとらわれています。

柳沢さんご紹介のEnergy Trustや、平松さんのLEEDのような先進事例とともに、大きなプロジェクトを進めることもさることながら、個々人が「ライフスタイルを変える」方向にむかうことが、気候危機対策には重要です。

よって、公共投資のあり方の機軸をかえるとともに、身近な環境投資として、「水害に強いまちづくり」や「みどりの多いまちづくり」をする個人をサポートする、それを世田谷区だけではなく、全国の自治体に呼びかけてゆく… そうしたいと思います。

さまざまな立場の参加者から、今後、深め甲斐のある考え方のエッセンスが交錯したシンポジウム 少なくとも筆者は、希望の種をいくつか拾うことができたと感じました。

それを芽吹かせることができるかどうかは、今後の努力次第、あるいはドーンさんご指摘のように、人とのかかわり方次第だと、思ったのでした。

レポーター 
大坪義明(世田谷ポートランド都市文化交流協会・運営委員)

シェアする

フォローする